2ミリずつ進歩

すぐには答えの出ないことを信じて歩き続けるための記録

Posted by なぼ
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英文読解に関する「ワタシ的」発見 (大事なことなんで取り急ぎメモ)

多読派 VS 従来の英文解釈派

英文を読むときには、単語一つ一つではなくて、かたまりで理解している。
(チャンクという考え方やスラッシュリーディングは、それを目に見える形であらわしたもの)

ここに切れ目があるよね?(かたまりになっているよね?)と説明しても、初級者の方にはそれが見えない。
(初級者であればある程、一度に目に入ってくる単語量は少ない。単語一個一個をブツブツに切って理解している場合もあるだろう)

その切れ目(かたまり)を理解してもらうために必要なのが文法。

「かたまりを理解するため」だけ。
そう言っても過言ではない。

説明のためには用語が必要になる。(人間対人間のコミュニケーションには、どんな場合でも対象を指す名前がいるから)

人によっては、用語のイカツイ響きにビビる、または逆に用語にばっかり執着し、最終的には用語を見るだけで嫌悪感を感じるパターンに陥ってしまう。



でも。

大事だからもう一回言うけど、

多読メインでやってきた人と私みたいに文法ゴリゴリでやってきた人でも見えているかたまり(切れ目)は同じ。

目に見えないはずのかたまり(切れ目)をたくさんの実物にあたることで習得するか(=多読派)、文法というヒント(ツール)を使って見つけていくか(=従来の英文解釈派)の違い。


注:いつもは「多読派」に対するものを「精読派」と呼んでいましたが、なんか違う・・・と感じ始めたので。
「従来の英文解釈派」としてみました。





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Comment

moritahitomi says... "No title"
こんにちわ、naboさん!ブログ、面白く読ませていただきました。ありがとうございます。

まず、かたまりに気づくために文法があるといっても過言ではない、ということについて。すごーく大切なのだということを言われてるんですよね。そういう意味でなら全面的に賛成。

文法については、嫌いとか、好きとかは全くないのですが、私自身は、このかたまりの感覚を、文法用語をほとんど用いずに身につけたと思うんです。また、多読によってでもなく。やり直しの英語(27歳でスタート、約10年のブランク。英語は苦手で、何にもわかっていなかったです)で、まずやったのが、旺文社の『英文標準問題精講』という参考書です。これはご存知かもしれませんが、読み応えのある英文の抜粋に、英文の構造分析と、和訳を添えたものを400くらい集めたものです。これを背表紙がばらばらになるまでやりました。一応文法用語も使われていたと思うのですが、あまり記憶になく。。(笑)。構造分析と和文を突き合わせて、頭に焼き付けるように繰り返しました。3ヶ月くらいこればっかりやると、他の英文も初見で、骸骨みたいに映るっつーか。。骨組みの大事なところが、映画のマトリックスみたいに太字に見えるような感じになったんです。

そのあと、音読(中学校のテキスト)を開始して、ぼちぼち英雑誌や、洋書を読むようになり、多読の世界へ移行しました。文法が大事、おもしろいと感じ出したのは、むしろ多読し始めてからなんですね。だんだん欲が出てきて、ニュアンスもわかりたくなるし。必然的に辞書と友だちになるので、語法にも親しんでいくわけです。まだ完璧からは程遠いですけど、冠詞や仮定法などは、たくさん読む中で、腹に落ちてきた感があります。


まず、かたまり感覚を身につけるのが大事。真っ先にすべきことだと思います。ただ、それがゴールではない。スタートかも。かたまりがわかると読めるから、いろんなものを読みながら、自然に文法、語法への関心が強くなる。興味の赴くままどんどん深めていったらいいと思うんです。

多読も、文法も奥が深く切りがありません。かたまりをつかめるようになってからだって、やることはいっぱいあります。だから英語はやめられない(笑)。
ただ、教える側としては、かたまり感覚を、身にしみるほどに(←ここ大事)わからせる工夫というのが最優先。すべてといわないまでも、大方の仕事ではないかと思います。

刺激を受けて、長々と書いてしまいました。悪しからず(^_^;)。多読派でも、従来の解釈派でもないどっちつかず人間?!のコメントでした。。。終。
2011.06.15 18:54 | URL | #- [edit]
なぼむし says... "hitomiさんへ"
hitomiさん、こんばんは!
いつもツイッターのほうで仲良くしていただいてありがとうございます。

そして、とても愛情あふれるコメントを頂戴し、本当に感激しております!!

最初に読ませていただいた時、hitomiさんの書かれた内容が、一文一文まさに同意することばかりで、胸のドキドキを抑えることができませんでした。

せっかく同じ思いを共有しているhitomiさんだからこそ聞いてほしくて、私もちょっと長くなりますが、自分の胸の内を書かせていただきますね。



この記事を書いた時、一言付け加えようか悩んで、やめておいた言葉があります。
それは、「この記事は多読を否定するものではありません」という一文です。
「精読もいいよ、多読もいいよ」と両方にいい顔をしてしまわないように省いたというのが理由です。


実は、私の周りの学習者さんには圧倒的に多読派が多く、仲間内では異端なほうです。
英語学習について話していると、「多読」対「精読」という図式になることもあり、そんな時は孤軍奮闘。
精読の良さについてひたすら主張し・・・最後には巻かれていく(笑)こともあります。

最初は、なんで私が精読代表(文法代表)みたいになってるんだろ・・・と違和感を感じることもありました。
(時々、文法への恨みとか日本の受験英語の問題点とかまで対応しなくてはいけないことも・・・)

それに、学習者としての私は、毎回ゴリゴリ精読をしているわけではないし、いわゆる多読的な読み方をするときもあるんです。
なんというのかな・・・。
多読と精読を、酸性とアルカリ性に例えるとしたら、私自身、今は完全なアルカリ性というわけではなく、だいぶ中性よりなのにな・・・と。


でも、ある時思ったんです。
英語学習法を発信する立場になって(普段は100 WISH LISTというブログで書いています)、私の中で変化したあとの「中性」な意見を皆さんに紹介してもしょうがないのでは?と。

酸性もあります!アルカリ性はこうです!
それをバン!と提示したうえで、どちらを選ぶか、どのような変化を生じさせるかは、読んでくださった皆さんにお任せしたい。
どれくらいのpHになるかは、皆さんで決めていただきたいんです。

そんないきさつもあり、今回の記事は「精読派代表」アルカリ性全開で書いています。



しかし、英語を指導する立場で言えば、このメモ書きには大切な要素がいくつか抜けていることを否定することができません。

一つは、「精読ばっかりじゃダメ」ということ。
もう一つは、「精読を何のためにするのか」という目的。

hitomiさんが今回のコメントで書いてくださっているように、多読(的な読み方)をすることで、精読の時に学んだ大切な文法事項、かたまりを見つける力の実践ができると思うのです。
精読→多読→精読→精読・・・と繰り返すことで、らせん状に読解力が上がっていく。
よく学校英語の批判で言われているのが、「授業が解釈中心、読む量が圧倒的に少ない」ということ。あれは私も賛成です。精読ばっかりじゃなくて、そこで得た力を多読という実践の場で使ってほしい。

そして、目的。私は精読の目的は「気づく」ことだと思っています。
習った文法が実際の文章の中で使われているのを見て、「うわっ!ここにある!!」と気づく。
その感動が一番大切です。
今日は大げさな言い回しが多いですが、精読の目的というより「勉強」の目的は気づくことだと言ってもいいと思います。

その気づきの快感を、私に習う生徒さんに知ってほしい。
それが私が英語を教える意味でもあります。



コメントいただいた内容そのものへのお返事というより、一人語りのようになってしまって、すみません。
本当にビックリするくらい同意する内容ばかりで、書いていただいた一文一文に「そうですね!同感です」と書いてお返事してしまうところでした(笑)。

実はここ2日間、文法学習やこのブログに書いたような内容について、多くの英語学習者さんとツイッタでお話しする機会を持つことができました。
(そしてhitomiさんともこんなふうに語り合うことができました♪)

私自身、それが本当にうれしくて・・・。またぜひ皆でそういうことを語れる場を持ちたいな!!と、企画を膨らませワクワクしています。

その際には是非またよろしくお願いいたします。

本当に長くなりましてすみません。

また、今回のこのやり取りについても、ツイッタで補足のおしゃべりができたら嬉しいです。

読んでくださって、ありがとうございました!
2011.06.15 21:51 | URL | #- [edit]
hirohide says... "No title"
なぼむしさん、こんにちは。
なぼむしさんとhitomiさんが、本物の経験に裏打ちされた意見を展開されているのに対し、コメントを挟むのは気が引けるのですが、少しだけ書かせてもらいます。

多読vs精読
楽習vs勉強
Input vs Output

あまりに当たり前ですが、これらは両方大切・車の両輪だと思います。個人的には、かなり昔になりますが、中学・高校生時代に、スパルタ英語教師から、英文解釈や文法を、一時期とは言え、徹底的に教わりました。そのストックが多少あったため、比較的、ガッチリ英文解釈や文法をしなくても、多読や楽習(英語で、自分の好きな・興味がある何かを学びながら、英語に触れ続けること)やonlineでの英会話に移行できたと思っています。

一方で、『have to』と『should』の違い(何のことか分かりますよね?) など、やっぱり、非nativeとしては、文法的側面から英語を学ぶことも絶対必要だと思います。非nativeは、余程長期間その国で生活するなどしなければ、全ての言語感覚がnaturalに身に付くはずはなく、nativeとは異なったアプローチ(文法的知識も総動員して学ぶなど)が必要だと思います。

『これまでの日本の学校英語教育が、文法・精読・英文解釈・input重視だったとして、それであまり日本人の英語が伸びなかったから、それらは全否定、その反対の流れを!』というのではなく、 それらは、基本・前提として、さらに多読、楽しんでの英語学習、よりoutputも組み合わせて、英語との接触時間をより長くする、そしてこれらは学校英語だけで賄えるものではなく、個々人による、学校外での、もしくは卒業した後も継続するという姿勢が必要となるという考えが、より磨かれた英語力に繋がるではないのかなと個人的には感じています。

多読・乱読に関しても、小説などの本が好きな方もいれば、The Economistなどのarticleを数多く読むのが好きという方もいると思います。自分に合った、好きな、心地よくできるやり方で継続することが一番大切ではないかと思います。

英語学習に関しては、恐らく一生アマチュアで、全くの個人の意見で、万人に当てはまる、エビデンスに基づいたことは決して言えませんが、一般の学習者として感じてみたことを書いてみました。なぼむしさん方のような英語教師が増え、少しずつでも日本人の英語力が伸びるのなら、素晴らしいことだと思います。
2011.06.18 11:34 | URL | #- [edit]
なぼむし says... "hirohideさんへ"
hirohideさん、こんばんは。
ブログ記事を読んでくださり、本当にありがとうございます。
ふと衝動的に思い立ち、何かにとりつかれたかのように一気に書ききった「想い」でした。
(そしてコメントのほうでも、hitomiさんのご意見に刺激されて、普段の記事以上の長文を・・・。)
hirohideさんが書いてくださった内容をじっくり読ませていただいて、再び熱い気持ちがあふれ出しそうです。

まず最初に宣言。hirohideさんの書いてくださった内容に、全面的に賛成です!
hitomiさんの時もそうだったのですが、ビックリするくらい全てに同感なんです。なぜだろう・・・Birds of a feather flock together. を実感しています。
いわゆる多読をされている方には、私のような読み方は理解されないのでは・・・と勝手な思い込みを持っていたのですが、それは間違いだったようです。
hirohideさんのおっしゃるように、多読・精読は両方大切な車輪。
私自身、今まで以上に、偏らないよう気をつけていきたい。今回のことで強くそう思いました。


>中学・高校生時代に、スパルタ英語教師か ら、英文解釈や文法を、一時期とは言え、徹底的に教わりました。

これです!私達は皆、一度文法ゴリゴリの英語教育を受けてきているんですよね。
それを活かさないのはもったいないと思うのです。
これは私の勝手なイメージかもしれませんが、本当に英語が苦手だった人が大人になって、多読で学ぼうと思った時に、英語がS+V(+O, +Cなど)の語順で並んでいるというルールを文章だけから読みとるのって時間がかかると思うのです。(いや、S+Vの語順くらいならば大丈夫かもしれない。もう少し込み入ってくると) 
ルールを多読だけから自分でみつけ出して行こうとすると、結構時間がかかると思うのです。
ですが、「文法書」という魔法の解説書(ゲームの攻略本みたいな)があれば、「ああ!これが、それなのね!」と一瞬で理解できる。
(もちろん、「これがそれ」であることを理解できる力が必須、最初は教師の手助けもいると思いますが)

文法学習というと、どうしても問題集中心になりがち、そしてTOEICなど試験の点数をとるための手段になってしまいがちです。
中・高6年をかけて、嫌なもの、試験のためだけのものというイメージがついてしまった、「悪者」の文法を、読む・書く・話す・聞く(今は重点的に「読む」を教えたいと思っていますが)のために文法がある、文法が便利なツールなのだということを学習者さんに伝えていきたいと思っています。

・・・ああ、楽習VS勉強についても、めちゃくちゃ深く話したい・・・。
(どうして私が話したいって分かったんですか!?笑)

それは改めて、記事、もしくはディスカッションで是非お話ししたいと思います!

最後に。
hirohideさんの、

>小説などの本が好きな方もいれば、The Economistなどのarticleを数多く読むのが好きという方もいると思います。自分に合った、好きな、心地よくできるやり方で継続することが一番大切ではないかと思います。

ここの部分がものすごくグッときました。
ぜひ学習者さんに伝えたい。そして何より、私自身がものすごく癒されています。私、なんだか無理して洋書を読まなくちゃ、オーディオブックを聴かなくちゃ・・・と無意識に思っていました。
でも、毎回続かなかった。
国連英検の学習をする中で気づきました。無理してすることはない、って。
今回、hirohideさんにもそう言っていただけたことで、なんだかホッと肩の荷が下りた気分でした。


思った通り(笑)、ものすごく長いお返事になってしまい申し訳ありません。ぜひお話の続きを、ディスカッションでできたら嬉しいです。

今回、自分の気持ちを記事にしてよかった。
本当にそう思います。
ぜひまた、このような英語学習談義、ご一緒させてくださいね!
2011.06.18 21:24 | URL | #- [edit]

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